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サイト開設:2001年3月26日 / 最終更新日:2011年10月4日 |
■2011/10/4■ 更新しました『責躬詩』を追加。■2010/12/7■ 更新しました参考文献・人物索引を修正。人物索引のおまけとして、『勝手に「丁儀伝」』を追加しました。 ■2010/9/3■「私家版 曹子建集」、再開のお知らせ諸事情あって、一旦ネットから撤退した「私家版 曹子建集」ですが、この度、再開することになりました。撤退から数年、体調不良の上、リアルで何かと忙しく、すっかりネットからも中国文学からも遠ざかった生活を送っておりました。最近、少し自由になる時間が出来てきたので、ぼちぼち再開しようかという気持ちになりました。というわけで、「私家版 曹子建集」は休止の間、熟成されたわけでも進化したわけでもなく、まして管理人の読解力が向上したわけでもございませんが、日本ではまだ簡単に手に入る曹植の全集(詩も文も含めた)が発売されていないので、ちょっとだけ曹植作品を読んでみたい方にはこういうサイトが何かと便利なのではないかと考え、再開することにいたしました。 中国や台湾での曹植に対する評価に比べ、日本での評価はあまり高くないように感じます。実は私も最初の頃、曹植を三国志のマイナーキャラとしか思ってなくて、「七歩の詩」を曹植の作品(←実は違うけど)として知っていたくらいで、彼が杜甫以前の《詩聖》で、文学の道の孔子にも譬えられる大詩人だとは認識していませんでした。しかし、彼の作品は大変素晴らしく、それをできるだけ多くの方に知っていただきたいという思いがあります。 韓愈(768−824)は「尤(もっと)も其の善く鳴る者を擇(えら)んで、之を仮りて鳴る」と言いました。「天は自らの意思を、その時代に最も文才がある者を選んで伝えようとする」という意味です。だから天はそういう人に、時として過酷な運命を与え、より鮮烈な言葉を紡ぎ出させようとします。振り返ってみれば、曹植の人生は、まさしく「天に選ばれた者」と呼ばれるにふさわしいものでした。少年期には建安の七子のようなすぐれた人々を教育係とし、華やかな舞台でその才能を発揮することを許されて成長しました。社会的に不安定だった青年期は作品の幅を広げ、不遇の晩年は言葉に深みを与えました。その生涯は彼自身にとって不幸な点もあったかもしれませんが、そのためにかえって作品の評価は高まり、多くの作品を後世に伝える力となりました。 2032年は曹植の没後1800年にあたります。1800年という、気の遠くなるような時を越えて残されてきた作品の力を是非感じてみてください。個人的には、その年までに「私家版 曹子建集」を完成させたいと考えております。 ■2010/9/3■ リンクしてくださっているサイトの管理人様へかねてより当サイトにリンクしてくださっているサイトの管理人の皆様、予告なく休眠状態になってしまって申し訳ありませんでしたm(__)m サイトのアドレスが以前と変わりましたのでお手数ですが変更よろしくお願いします。バナーはそのままです。【旧アドレス】http://www5c.biglobe.ne.jp/~sikaban/ ↓ 【新アドレス】http://sikaban.web.fc2.com/ |