『丁儀に贈る』


親 子 寶 思 焉 狐 爲 在 農 黍 霖 朝 清 凝 庭 初
交 其 劍 慕 念 白 恩 貴 夫 稷 雨 雲 風 霜 樹 秋
義 寧 非 延 無 足 誰 多 安 委 成 不 飄 依 微 涼
不 爾 所 陵 衣 禦 能 忘 所 疇 川 歸 飛 玉 銷 氣
薄 心 惜 子 客 冬 博 賤 獲 隴 澤 山 閣 除 落 發




初秋涼氣發 初秋 涼気発し
庭樹微銷落 庭樹 微く銷落す
凝霜依玉除 凝霜 玉除に依り
清風飄飛閣 清風 飛閣に飄える
朝雲不歸山 朝雲 山に帰らず
霖雨成川澤 霖雨 川沢を成せり
黍稷委疇隴 黍稷 疇隴に委てられ
農夫安所獲 農夫 安んぞ獲る所あらん
在貴多忘賤 貴に在りては 多く賤を忘れ
爲恩誰能博 恩を為すこと 誰が能く博からん
狐白足禦冬 狐白 冬を禦ぐに足るも
焉念無衣客 焉んぞ 無衣の客を念わん
思慕延陵子 延陵子を思慕すれば
寶劍非所惜 宝剣は惜しむ所に非ず
子其寧爾心 子 其れ爾が心を寧んぜよ
親交義不薄 親交 義薄からず
秋の気配とともに 風は肌寒さをおび
庭の木々も枯れ落ちはじめた
宮殿の階段には霜がおりて
高閣(こうかく)に澄みきった風がひるがえっている
明け方生じた雲は山へ帰ろうとせず
長く降り続く雨が川や沼地を成している
実りのない黍(もちきび)と稷(きび)は 田畑の畝(うね)に棄てられ
今年の農夫は収穫も満足ではなかったようだ
貴家にある者の多くは 困窮に喘ぐ人々に気付かない
恩恵を施す立場にある者がそのようであっては広く恵みをゆき届かせることが出来ようか
あたたかい狐の毛皮は冬の寒さを防ぐのに十分だけれど
そのようなものを着ていながら 着るべき衣服もない人に心を砕くことはできないだろう
私は延陵子(えんりょうし)を思慕する者だから
宝剣を手放すことに ためらいはない
君は心穏やかでいて欲しい
この友情は 情義において浅はかなものではないのだから
丁儀丁儀、字は正礼(?-220)沛郡の人。曹植の立太子を画策した丁兄弟の兄の方。しかし、曹丕が帝位につくと、兄弟と一族の男子はすべて誅殺された。丁儀の父丁冲は、曹操と同郷の幼なじみで、しかも創業期に功績のあった人物である。かつて曹操は丁儀のことはよく知らなかったが、丁冲の息子であるから、自分の娘(のちの清河公主)を娶わせたいと思った。しかし、曹丕は丁儀が斜視であることを理由に反対したため実現しなかった。のちに曹操は丁儀を召し出し、掾(属官)につけ、親しく議論する機会を持った。話をしてみると、その明晰な頭脳にすっかり感心してこう言った。「丁儀は好士なり。即使 其の両目 盲たりとも、尚 女(むすめ)を与うべきに、何況んや但に眇(すがめ)をや。是れ吾が児 我を誤てり(丁儀は立派な人物だ。たとえその両目が盲目であっても、やはり我が娘を嫁がせるべきだったのに、ただの斜視ではないか。これは、我が子(曹丕)がわしを誤らせたな)」 丁儀はこのことで曹丕に怨みをもって、弟の曹植に肩入れするようになったとも言われる。当時、弟の丁廙(一説に丁翼)とともに、才子として知られ、『藝文類聚』巻12に「周成漢昭論」、巻54に「刑礼論」が伝わる。 【狐の毛皮】原文「狐白」。狐のわきのしたの毛だけを集めて作った最高級の衣。ほかほか。『晏氏春秋』に、斉の景公が雪の日に狐白を着ていて、「3日も雪が続くというのに、私は一向に寒くないぞ」と言うと、晏氏が「賢君というものは、暖にして民の寒さを知らねばならぬ」と諌めたという話がある。 【延陵子】呉の公子季札のこと。『史記』「呉太伯世家」にみえる。延陵の地に封ぜられたので「延陵の季子」と呼ばれた。父王寿夢には息子が4人いて、季札は末子だがすぐれた人物だったので、寿夢は彼に後を継がせたいと思ったが、季札は聞き入れなかった。紀元前561年、寿夢が亡くなり、長男の諸樊が位を継いだ。喪が明けると諸樊は父の遺志を受けて、弟の季札に位を譲ろうとした。しかし、季札はやはり自分が嫡子でないことを理由に固辞した。諸樊は前548年に亡くなると、王位を自分の息子ではなく、弟の余祭に譲った。そのまま次男・三男と継承し、最後は末っ子の季札に国を渡すようにと遺言してのことだった。この「思慕延陵子」という一句、基本的には季札が宝剣を献上したエピソードを引いて、丁儀との変らぬ友情を謳っとみるが、さらに、自分を後継者にと画策する丁儀に対し、季札と同じように兄を差し置いて世継ぎとなる気はないと伝えたのだと、二重の意味を持たせる解釈もある。公子季札は、曹植のお気に入りらしく、『諌取諸国士息表』や『豫章行』にも登場する。 【宝剣】同じく『史記』「呉太伯世家」。季札が使者として徐の国を訪れた時、徐君(徐の国の君主)は、季札の帯びていた宝剣が欲しいと思っていたが、口には出さなかった。季札はその意を察して献上しようと心に決めていたが、その剣を帯びたまま、続いて他国に使者として赴く必要があったため、その場で渡すことは出来なかった。他国の訪問を終え、季札は再び徐の国に戻って来た。しかし、その時すでに徐君はこの世の人ではなかった。季札は宝剣を体からほどくと、それを徐君の墓の傍の木の枝にかけて立ち去った。 

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