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『臨終詩』


長 生 浸 三 安 人 華 靡 浮 讒 天 涓 山 河 器 言
寢 存 漬 人 能 有 繁 辭 雲 邪 窓 涓 壊 潰 漏 多
萬 多 解 成 合 両 竟 無 翳 害 通 江 由 蟻 苦 令
事 所 膠 市 爲 三 不 忠 白 公 冥 漢 猿 孔 不 事
畢 慮 漆 虎 一 心 實 誠 日 正 室 流 穴 端 密 敗


言多令事敗 言(ことば)多ければ事をして敗れしめ
器漏苦不密 器(うつわ)の漏は密ならざるに苦しむ
河潰蟻孔端 河は蟻の孔(あな)の端に潰(つい)え
山壊由猿穴 山は猿の穴に由(よ)りて壊(くず)る
涓涓江漢流 涓涓(けんけん)たる江漢の流れ
天窓通冥室 天の窓は冥(くら)き室にも通ずというに
讒邪害公正 讒邪(ざんや) 公正を害し
浮雲翳白日 浮雲(ふうん) 白日を翳(おお)う
靡辭無忠誠 辞として忠誠なる無きは非ざるに
華繁竟不實 華のみ繁くして 竟(つい)に実あらず
人有両三心 人に両三の心有り
安能合爲一 安んぞ 能く合して一と為らん
三人成市虎 三人は市の虎を成し
浸漬解膠漆 浸漬(しんし)は膠漆(こうしつ)をも解く
生存多所慮 生存しては慮(おもんばか)る所多かりし
長寢萬事畢 長く寝ねては万事畢(おわ)る
軽々しく下らないことを口にしていると 大事を成すことは出来ないし
出来の悪い器は どんどん中身が抜け出してしまう
河は小さな蟻の巣から決壊し
山は猿の穴から崩れ落ちることもある
小川が集まれば長江漢水のような大河となり
天窓は光を暗い部屋の中まで導いていくのに
偽りの言葉が公正を害し
浮き雲太陽の光を遮っている
私の言葉はいつも忠誠の心から発せられたものであったが
うわべの華やかさだけで何の成果も残せなかった
人はそもそも異心を抱くもので
たったひとつの信念に生きるのは困難なことだ
三人は居るはずのない虎を居るといい
讒言がじわじわ続けば膠や漆のような親しい仲も裂かれていく
こうして生きている限り悩みは尽きることがない
いまは長い眠りにつこうか それですべてが終わる
【『臨終詩』】その名のとおり辞世の作だが、本人の手によるものではないとも言われている。【浮き雲・太陽の光】「白日」は天子、「浮雲」は奸臣。聡明な君主の目を、不忠で悪徳の臣下が曇らせているという意味。 【三人は 居るはずのない虎を居るといい】「市場に虎がいる」というような荒唐無稽な話は、一人が言っても信じないが、同じことを三人が言えば、本当かもしれないと思ってしまう。根拠のない嘘でも、多くの人が口を揃えれば、本当だと信じられてしまうことの例え。『韓非子 内儲説(上)七術』、『戦国策 秦』に見える。 【膠や漆のような親しい仲】膠と漆は、ともに粘着性が強いから、かたく親しい交わりのたとえに使う。また、膠と漆を混ぜてしまうと分別することが出来ないからともいい、『古詩十九首』の『客從遠方來(客、遠方より来る)』には「以膠投漆中、誰能別離此(これで漆の中に膠を入れたみたいに、誰も私たちの仲を引き裂くことはできないでしょう)」とある。 

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