王粲(おうさん)に贈る』


自 誰 何 重 羲 悲 願 欲 惜 我 哀 中 清 樹 攬 端
使 令 懼 陰 和 風 望 歸 哉 願 鳴 有 池 木 衣 坐
懐 君 澤 潤 逝 鳴 但 忘 無 執 求 孤 激 發 起 苦
百 多 不 萬 不 我 懐 故 輕 此 匹 鴛 長 春 西 愁
憂 念 周 物 留 側 愁 道 舟 鳥 儔 鴦 流 華 遊 思




端坐苦愁思 端坐して愁思に苦しみ
攬衣起西遊 衣を攬り 起ちて西遊す
樹木發春華 樹木 春華を発き
清池激長流 清池 長流を激す
中有孤鴛鴦 中に孤なる鴛鴦 有り
哀鳴求匹儔 哀鳴して匹儔を求む
我願執此鳥 我 此の鳥を執えんと願うも
惜哉無輕舟 惜しい哉 軽舟なし
欲歸忘故道 帰らんと欲して故道を忘れ
願望但懐愁 願み望みて 但だ愁いを懐く
悲風鳴我側 悲風は我が側に鳴り
羲和逝不留 羲和 逝きて留まらず
重陰潤萬物 重陰 万物を潤さば
何懼澤不周 何ぞ 沢の周ねかざるを懼れん
誰令君多念 誰か君をして念い多からしめ
自使懐百憂 自ら百憂を懐かしむる
じっと座っていると憂愁の思いに耐えないので
衣の裾を取って立ち上がり西の方へ歩いていく
樹木は春を迎え花開き
清らかな池には飛沫を上げながら水が流れ込んでくる
池の中州には つがいを離れた一羽の鴛鴦(おしどり)が
哀しげな声で連れ合いを求めて鳴いていた
私はこの鳥をつかまえたいと願ったが
残念なことに乗るべき小船がない
そこで帰ろうとしたが もと来た道を忘れ
何度も振り返りながら悲しい想いを抱くばかりである
冷たい風が私の傍を駆け抜け
時間は無遠慮に行き過ぎて留まってはくれない
しかし 密雲は万物を潤すものだから
恵みが行き渡らないと危惧することはないのです
一体誰があなたを悩ませ
いくつもの憂いを抱かせるようになってしまったのか
【王粲】王粲、字は仲宣(177-217年)。山陽高平の人。建安の七子の一人。最初、荊州の劉表に仕えていたが、のち曹操に仕える。この作品は、まだ劉表に仕えていた王粲に贈ったとも、曹操に召し出され、鄴に赴いた王粲に贈ったとも言われ、内容に王粲の『雑詩』「日暮遊西園」との関連が指摘されている。また王粲は曹植派だった楊脩と親交があり(王粲には『贈楊徳祖』という詩(『顔氏家訓』文章篇)がある)、王粲の息子は曹丕に処刑されたことなどから、彼も曹植派の一人だった可能性もある。曹植も王粲の才能を深く愛し、彼が疫病で世を去ると、『王仲宣誄』を作って、その早すぎる死を悼んだ。のちに二人の関係は美しく脚色され、『月賦』 の題材となった。 【時間】原文「羲和(ぎか)」。古代神話で、太陽の運行をつかさどるとされている人物。太陽は6匹の竜が曳(ひ)く車に乗って移動する。羲和はその車を御して、空を走らせている。 【密雲】原文「重陰」。重なり合った雲。ときの為政者、曹操にたとえた。 

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