天 周 海 山 何 繞 烏 月 心 契 枉 越 不 憂 何 明 鼓 我 食 呦 沈 但 悠 青 唯 何 幽 慨 去 譬 人 對 下 公 不 不 枝 樹 鵲 明 念 闊 用 陌 可 從 時 明 瑟 有 野 呦 吟 爲 悠 青 有 以 思 當 日 如 生 酒 歸 吐 厭 厭 可 三 南 星 舊 談 相 度 斷 中 可 如 吹 嘉 之 鹿 至 君 我 子 杜 解 難 以 苦 朝 幾 當 心 哺 深 高 依 匝 飛 稀 恩 讌 存 阡 絶 來 掇 月 笙 賓 苹 鳴 今 故 心 衿 康 憂 忘 慷 多 露 何 歌 |
對酒當歌 酒に対して当に歌うべし 人生幾何 人生 幾何ぞ 譬如朝露 譬えば 朝露の如し 去日苦多 去りし日は苦だ多く 慨當以慷 慨して当に以て慷すべし 幽思難忘 幽思 忘れ難く 何以解憂 何を以て憂いを解かん 唯有杜康 唯だ杜康 有るのみ |
酒を前にこの歌をうたおう 人の生命はどれほどあるか たとえば朝露のように儚いもの 過ぎ去った時間ばかり やけに増えていく それを思うと、この感情は高ぶり 苦しい思いは胸から離れることがない この憂いをどうしよう それなら酒だ 他に何がある |
青青子衿 青青たる子が衿 悠悠我心 悠悠たる我が心 但爲君故 但だ君が為の故に 沈吟至今 沈吟して今に至る 呦呦鹿鳴 呦呦と鹿は鳴き 食野之苹 野の苹を食らう 我有嘉賓 我に嘉賓有らば 鼓瑟吹笙 瑟を鼓し 笙を吹かん |
青い衿の有望な若者よ 私の心はひたすら君を慕い ただ君を求めんがために 想いを込めて歌ってきたのだ 鹿は鳴き声を交わして友を呼び 仲むつまじくよもぎを食べる 私もよき客人をもてなすなら 瑟を奏で笙を吹いて歓迎しよう |
明明如月 明明として月の如きも 何時可掇 何れの時にか掇る可けん 憂從中來 憂いは中より来たりて 不可斷絶 断絶すべからず 越陌度阡 陌を越え 阡を度り 枉用相存 枉げて用って相存す 契闊談讌 契闊 談讌して 心念舊恩 心に旧恩を念う |
私の願いは月のように明らかなのに 月光というのは実にとらえ難く 憂いは心の底から涌いてきて 断ち切ることができない はるばると道をたずね わざわざやって来てくれた君達と いまここで心を許して歓談し 変わらぬ友情をあたためよう |
月明星稀 月明らかに星稀に 烏鵲南飛 烏鵲 南に飛ぶ 繞樹三匝 樹を繞ること三匝 何枝可依 何れの枝にか依るべき 山不厭高 山は高きを厭わず 海不厭深 海は深きを厭わず 周公吐哺 周公は哺を吐きて 天下歸心 天下は心を帰したり |
明るい月の夜 星はわずかにまたたき カササギは夜空を南に翔けていくが 樹を何度も巡っては行きまどい 依るべき枝を探しているようだ 山は少しの土も拒まないから より高くなり 海は水が流れ込むのを厭わないからより深くなった 周公旦は食事中でも口の中のものを吐いて出迎えたから 天下のは一つに向かっていったのだ |
【短歌行】曹操といえば人材コレクターとして有名だが、この一篇は、その姿勢がよく現われている。曹丕にも同タイトルの『短歌行』があるが、こちらは亡き曹操を偲んでよんだ嘆きの歌。 【周公旦は…】姓は姫(き)、名は旦、周の武王の弟で、名政治家の代名詞。『史記』「魯周公世家」で、息子の伯禽を戒めた言葉に「私は一度髪を洗う間にも三たび髪をつかみあげて洗髪を止めて、一度の食事の間にも三たび口の中のものを吐き出して食事を中断し、立ち上がって客の相手をしたが、それでも天下の立派な人物を取り逃がすのではないかと心配だった。」とある。